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いつクリはてブロ

いつになったらクリエイティブするの?

🍕

雑記

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弊社では終業後(終業とは言ってない)、たまにピザを取って*1食べる。
弊社スタッフはアルコールを飲まないどころか外食もファストフード以外はあまりしないという洞窟住まいの隠者のような人が多いので、皆で食事をするとなると大抵オフィスでピザになる。


ピザはもうカロリーの塊のようなもので、まず見た目でカロリー、食べる最中もカロリーを実感、帰宅してから寝るまで続く満腹感というカロリーの三段構えである。
値段と材料を考えるとそんなに質の良い食事ではないが、とにかく食べている、生きているという実感が得られるので、そういう要素に対して金を払っていると考えれば充分過ぎるほど安い。


ピザをつまみながら交わされる話題は多岐に渡る。
仕事の現状報告・進捗確認の場に充てられることもあるし、延々アニメやゲームの話をすることも多い。
オフィスなので、周りがうるさかったり、会話の内容に気を遣わなくてはいけなかったりといったことが無いのは有り難いことだ。
スタッフは皆年が近く趣味もそれなりに合うが、それでも肩の力を抜いてコミュニケーションできる場をきちんと確保することは重要だ。
そういう場合、ピザはコミュニケーションツールとして素晴らしく役立ってくれる。


実家に住んでいた頃は、ピザといったら出前のものではなく、大抵が家族で作るピザだった。
子供の頃は年に数回ピザの日があり、具材の策定と生地作りから始めて夕飯のピザを皆で作って食べる機会があった。
様々な具材を少しずつ細かく切って乗せるので、いつもの食事以上に人手が要る。子供たちの出番である。
家族で一致団結して作ったピザは格別であった。幼い日の良い思い出である。
ここでもピザはコミュニケーションツールであったと言えるかもしれない。






最近、一人自宅で夕食を取るとき、ふと寂しさ、人恋しさを感じることが増えてきたように思う。
Twitterでやたらピザピザ言ってるのは、無自覚なそういう気持ちの現れなのかもしれない。
🍕

*1:お店に直接取りに行くと安くなったりするので、そうすることも多い。「ちょっとお前ピザ取ってこいよ」と社長をアゴで使える絶好の機会でもある。